記憶障害とは?物忘れを見極めろ
「今さっきのことを思い出せない」といった記憶障害(物忘れ)は、認知症でよく確認できる症状です。その中でも、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症と若年性アルツハイマー病)に多い症状です。
でも、「今さっきのことを思い出せない」ことは、健康な人でもよくあります。それ故、本当は認知症を発症しているのにも係わらず、気づかず放置してしまうことも多く、知らない間に認知症が進行し取り返しのつかない事態になってしまう事もしばしばです。
その一方で、認知症は早期の段階で発見・治療すると、その進行を可能な限り遅らせることが可能な病気です。したがって、この記事で”認知症による物忘れと老化による物忘れ”の見分け方を学び、早期発見に役立てていただければと思います。
記憶障害とは
記憶障害とは、記憶に障害が生じて上手く覚えたり、思い出せなくなる障害のことです。まずは記憶障害について学んでいくにあたり、”記憶が保存される脳の部位”と”記憶のメカニズム”、”記憶の種類”について確認しておきましょう。
記憶は脳に保管される
私たちの脳は、それぞれの部位ごとに色々な役割を担っています。脳の中でも記憶の中心的な役割を担うのが”海馬”と”側頭葉”です。
- 海馬
- 一時的に記憶を保存しておく部位。脳の内側に位置し、記憶をコントロールする役割もある。目や耳から入った情報は、まずこの海馬に保存され、整理整頓されます。
- 側頭葉
- 長期的に記憶を保存しておく部位。脳の側面に位置し、海馬により長期的な記憶が必要とされた情報が保存されます。
そして、これら記憶にかかわる脳の部位が、認知症や脳卒中などにより、ダメージを受けることで記憶障害が起こるのです。特に、アルツハイマー病では、海馬付近からダメージが広がる傾向があります。
記憶のメカニズム
人間の記憶は次の3つのプロセスを経て成立します。
記憶=記銘+保持+想起
- 記銘
- 新しい物事や出来事を覚えるよう脳に記憶を留めておく能力です。「昨晩の献立」や「ごはんを食べたこと」を頭に記憶することです。
- 保持
- 記銘した記憶を、脳の中にしっかりと定着させる能力です。体験した経験を脳の中に保持します。無意識に、記憶は重要度や頻度に応じて整理区分されます。家族の顔は良く覚えているのに、しばらく会っていない人の顔が思い出せなくなるのも記憶が重要度や頻度に応じて整理されている為です。
- 想起
- 保持した記憶から思い出すことです。想起力は、記銘⇒保持された記憶を引き出す能力です。想起は「再生」と「再認」に分かれます。
-
- 再生
- 保持した記憶を思い出す(ヒントや選択肢無し)
- 再認
- 保持した記憶から選択肢を与えてもらい思い出す(選択肢から選ぶ)
記憶は”保持時間”や”内容”で分類される
私たちの記憶は、「保持している時間」や「記憶の内容」で、いくつかに分類することが出来ます。
保持している時間で記憶を分類
記憶は、その情報を保持する時間によって大まかに、「即時記憶」「近似記憶」「遠隔記憶」の3つに分けることが出来ます(※臨床神経学では、記憶の保持時間の明確な定義・分類はされていませんが、ここではおおよその時間を示し、括弧で正式な定義を示しています。また、心理学での定義・分類を併せて載せています)
- 即時記憶(感覚記憶、短期記憶)
- 数秒前のことを覚えている記憶(情報の「記銘」後すぐに「想起」させるもので「保持」される時間は短い)。
- 近時記憶(長期記憶)
- 数分から数ヶ月保持される記憶(情報の「記銘」と「想起」の間に干渉が介在されるため、保持情報が一旦意識から消える)。
- 遠隔記憶(長期記憶)
- 数ヶ月以上保持させる記憶(近時記憶よりも長い記憶)。
内容で記憶を分類
また、記憶はその内容によっても、「エピソード記憶」「手続き記憶」「意味記憶」の3つに分けることが出来ます。
- エピソード記憶
- 出来事や経験の記憶です(自分の誕生日や若いころの出来事)。
- 手続き記憶
- 無意識の内に行うような体で覚えた記憶(以前体得した技術や習慣、自転車の乗り方など)
- 意味記憶
- 一般常識や歴史的な事実などの意味に関する記憶
認知症で失われやすい記憶
近時記憶から障害されていく
認知症では、先ほど説明した記憶の分類の中でも「失われやすい記憶」と「失われにくい記憶」があります。
認知症では、「即時記憶」や「遠隔記憶」は障害されることなく長い間保たれていることがほとんどです。一方で、「近時記憶」は、認知症の初期段階から障害されることが多く、顕著に「記憶障害」として現れます。
したがって、認知症の方でも”言葉を直ぐに復唱する(即時記憶)”、”昔の話を話す(遠隔記憶)”といったことは出来ますが、”2時間前の出来事(近時記憶)”は忘れやすい傾向があります。
しかし、認知症が重症化するにつれ「遠隔記憶」も失われていきます。「遠隔記憶」の中でも、失われやすいのは「エピソード記憶」、失われにくいのは「手続き記憶」だと言われています。
その為、”昔習っていたピアノなどの技術など(手続き記憶)”は保持されます。したがって、本人と一緒に「ピアノを弾いたり、歌を歌ったり、日曜大工をしたり、絵を描いたり」といった具合に「手続き記憶」に訴えかけることで、コミュニケーションが上手く取れることがあります。
認知症による記憶障害は気づきにくい
しかし、記憶障害はなかなか気づきにくいものです。
なぜなら、健康な人でも老化や疲れなどを原因として軽い物忘れが生じるためです。その為、物忘れが激しく病気の疑いがあったとしても重く受け止めず、「単なる老化や疲れによる物忘れ」として受け流してしまうケースが多々存在します。認知症や若年性アルツハイマ―病を発症しているにも係わらず、本人や周囲の人が気づかず、病院にいかずそのままで知らず知らずのうちに重症化してしまうケースが多くあります。
どのようにして「認知症の物忘れ」と「単なる物忘れ」を見分ければよいのでしょうか、その見極め方を学びましょう。
記憶障害の見極め方
認知症では、記銘力がなくなる
「記銘」「保持」「想起」の内、認知症で障害されるのは「記銘力」です。一方、「保持力」や「想起力」は主に老化によって低下してきます。
認知症により記銘する力が障害されるため、しっかりと記銘されず今し方の出来事を忘れてしまうのです。「記銘」が上手くできないと当然後の「保持」「想起」にも問題が出てきます。一方、老化によるもの忘れは「記銘」された記憶が、上手く「保持」「想起(再生・再認)」できない状況です。
それでは”認知症による記憶障害”と”老化のもの忘れ”の見極め方を2つの具体例を交えてご紹介します。
記憶障害と老化の物忘れの見極め方|ケース-1
健康な人の場合、例えもの忘れがあっても「時計は引き出しの2番目に入っているよ」と指摘されると、「ああそうだった」と思い出す「再生」により「想起」することができます。
つまり、”老化による物忘れ”の場合は、「再生」はできなくなることはありますが、ヒントをもらえれば「再認」することは出来ます。一方、”認知症による記憶障害”の場合は、この「再生」だけでなく「再認」することも出来なくなります。そのため、指摘されても思い出すことが困難になります。
記憶障害と老化の物忘れの見極め方|ケース-2
健康な人でも、昨夜の献立の内容を「再生」できないことは良くあります。しかし、認知症の人は、昨夜の食事の内容を忘れるだけではなく、食事をしたこと自体、つまりその経験自体を忘れてしまいます。食後直ぐに「ご飯はまだ?」と要求してくるのもこのためです。
記憶障害の見極めは「再認」がポイント
つまり、認知症と老化による物忘れの違いは、「何かヒントをもらえれば思い出せるかどうか」、「忘れている自覚があるかどうか」です。
認知症の場合は、ヒントがあっても思い出せず、忘れたという自覚すらありません。また、先の食事の話のように自分が実際に体験したこと自体が抜け落ちたかのように忘れてしまうといった症状が認知症の特徴です。また、抜け落ちた記憶を補おうと「財布を誰かが盗んだ」等と作話で埋め合わせることが多くなります。作り話が多くなってきた場合も、認知症が疑われます。
記憶障害の疑いがある場合
この様な短期記憶の物忘れは、認知症の初期段階にしばしばおこるものです。この短期記憶の障害だけが1~2年続くこともよくあります。その為、老化による物忘れとして見過ごされがちです。しかし、このまま放置しておくと認知症はどんどん進行していきます。
認知症の専門病院に行く
認知症の進行を食い止めるためには、なるべく早い段階で発見し、早期に治療に取り掛かることが何よりも大切になってきます。したがって、「物忘れ」が多くなってきたなと思ったら、なるべく早く病院で認知症の検査をしてもらうことを強くお勧めします。
しかし、「いきなり病院に行くのはちょっと・・・」というかたもおられるでしょう。そういう方は認知症のセルフチェックテストを自分自身や家族と行ってください。
認知症のセルフチェックテスト
たとえば、「新聞、ひまわり、犬」など簡単な単語を3つ上げ、それを覚えてもらいます。そして、数分後に3つの単語を思い出してもらいます。これが再生に当たります。もし、思い出せない場合は、「新聞、ひまわり、犬だったよ」と確認してみます。これが再認です。
もしこの認知症のセルフチェックテストで再生だけでなく、再認もできない場合は、認知症である可能性が高いです。
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