母の病②
「ただ・・・恵理子さんの場合かなり出血量が多くてですね、この事でさまざまな問題が起きてくる可能性があります。まずは、こちらのCT画像をご覧ください」
黒川先生は先ほどの脳のCT画像を別のものに切り替えると、脳の一点を中心にマウスポインターを周回させた。
「この白い部分は血腫と言って、出血でできた血液が溜まっている場所です。先ほど被殻という場所が出血を起こしたと言いましたが、恵理子さんの場合は出血が激しかった為、被殻だけでなく脳室という場所にまで血腫が広がっていることが画像からも分かります」
黒川先生はディスプレイに向けていた視線を静かにゆっくりと私たちの方に移し、より一層神妙な面持ちで話を続けた。
「脳出血によりできた血腫により、周囲の脳が長い間圧迫され続けると、その近辺がダメージを壊死してしまうことがあります。一度壊死してしまった脳細胞を元のように修復させることは、現在の医療技術では不可能です。その為、ダメージを受けた脳の部位が担っていた機能が低下し、手足が動かなくなる、記憶が定かでなくなる等の障害が現れます。
手術により、何とか一命は取り留めましたが、恵理子さんの脳は今回の出血により深刻なダメージを受けてしまいました。また、手術は成功したと言っても、今も危険な状態ですし、今後合併症などの問題も出てくることが予想されます。したがって、もし恵理子さんが目を覚ましたとしても、何らかの後遺症が残ってしまう可能性は高いです。その為、脳出血が起こる前の状態まで回復することはなかなか難しいと考えておいて下さい」
先生は一気にここまで話し終えると、しばらく間を置いてから何かここまでで質問がないか促した。
私は、先生の”後遺症”という言葉を聞いた瞬間、自分の心臓が激しく鳴っているのを、遠くで鳴る警鐘のように感じた。一方でこの警鐘の激しさと反比例し、全身の末端という末端から血の気が波のようサーっと引いていき、悪寒がそれと入れ違うように私を包み込んだ。
私の脳裏には、杖をつきながら足を引きずり不自由そうに歩く母の姿が浮かんだのだった。
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